西光院での参拝を終え、少し歩いた同じ上本町西エリアへ。
第二十六番札所の誓願寺(せいがんじ)を訪ねました。
誓願寺は、「好色一代男」で知られる井原西鶴の墓所があることとして知られる、文学史にも名を残す寺院です。
それでは誓願寺へ参りましょう。
所在地:大阪府大阪市中央区上本町西4-1-21
山号:四弘山
御本尊:阿弥陀如来
歴史・由緒
天正8年(1580)無宅天牛上人が創建しました。
天正8年は石山本願寺が織田信長に明け渡された年で、大坂が大きな転換期を迎えた時代に開かれた寺院です。
大坂夏の陣の戦火ですべての堂宇を焼失しましたが、元禄6年(1693)に再建されました。
その後、昭和20年(1945)大阪大空襲で再び伽藍の大半を焼失。昭和39年(1964)に本堂を再建しました。
二度の大きな戦災を乗り越えて今日に至る歴史を持っています。
本尊阿弥陀仏像は慈覚大師作の伝承もありますが、制作年月日などとともに詳細は不明です。
本堂の他、納骨堂を兼ねた観音堂もあります。
井原西鶴と文人たちの墓所
江戸前中期「好色一代男」で一世を風靡した戯作者井原西鶴の墓所がある寺として著名です。
大阪市指定文化財である井原西鶴の墓の他に、中井甃庵を初祖とする中井一族の墓もあります。
中井一族は私立学問所「懐徳堂」を江戸中期以降、140年にわたり経営したことで有名です。
懐徳堂は大坂町人による学問所として、町人文化の発展に大きく貢献しました。
阿弥陀巡礼の四十八の願い
阿弥陀如来が法蔵菩薩として修行していた時、すべての人々を救うために立てられた四十八の誓願。
大阪新四十八願所巡礼は、この一つひとつの願を辿る旅です。
誓願寺には第二十六願が配当されています。
別名: 得金剛身の願
【原文】
設我得佛 國中菩薩 不得金剛那羅延身者 不取正覺
【現代語訳】
もし私(法蔵菩薩)が仏(阿弥陀仏)となった時に、私の国(極楽浄土)の菩薩たちが、那羅延のように金剛の身体を得ることができなければ、決して仏(阿弥陀仏)とならない。
【大意】
極楽浄土に往生した菩薩たちが、金剛(ダイヤモンド)のように堅固で決して壊れることのない強靭な身体を得られるという誓いです。
那羅延とは那羅延天、那羅延金剛、金剛力士、ヴィシュヌ神などとも呼ばれ、天上界にいる神さまで、決して壊れない金剛(ダイヤモンドのように強靭)の身体を持ち、非常に力が強いお方です。
知力体力の差、壊れたり衰えたりなど、老病死の憂いなく、安心して成仏への修行をさせてあげようという慈悲が那羅延身の本願です。
あめつちを うごかしぬべき 身の程や うるも仏の ちからなりけり
天地を動かすほどの強靭な身を得られるのも、仏の力によるものである。
この和歌は、第二十六願「那羅延身の願」が示す、金剛のように堅固で決して壊れることのない強い身体を得られるという願の力を詠んでいます。
極楽浄土に往生した者が、那羅延天のような力強い身を授かることができるという、阿弥陀如来の慈悲が表現されています。
境内の見どころ
井原西鶴の墓と文学の歴史
江戸前中期「好色一代男」で一世を風靡した戯作者井原西鶴の墓所がある寺として著名です。

井原西鶴の墓と文学の歴史
墓石は位牌型の砂岩製のもので、「仙皓西鶴 元禄六癸酉年 八月十日 下山鶴平 北條団水 建」と刻まれています。
墓は長い間不明でありましたが、明治20年を前後するころ誓願寺境内で発見され再興されたといいます。

井原西鶴の墓所
墓の横には句碑があり、「鯛ハ花ハ見ぬ里もあり今日の月」と刻まれています。
中井甃庵を初祖とする中井一族の墓もあります。

懐徳堂中井家・並河家墓地分布図
中井一族は私立学問所「懐徳堂」を江戸中期以降、140年にわたり経営したことで有名です。
武田麟太郎の文学碑
山門横には、大阪出身の作家・武田麟太郎(1904-1946)の小説「井原西鶴」からの一節を刻んだ碑があります。
「誓願寺を出ると夏祭を兼ねて遷宮の儀式もあるという生玉の方にひとりでに足が向いてゐた・・」という文が刻まれており、西鶴を敬愛した武田が、西鶴の足跡を辿る小説の一場面を、まさにその舞台である誓願寺に残したものです。

武田麟太郎の文学碑
誓願寺から生玉神社(生國魂神社)へと続く道は、今も昔も変わらぬ大阪の風景を感じさせてくれます。
西鶴の墓所である誓願寺に、西鶴を主人公とした小説の一節が刻まれているのは、文学史的にも興味深い縁です。
御朱印

大阪新四十八願所阿弥陀巡礼の第二十六番札所としての御朱印は、大善寺で頂くことができます。(後日掲載予定)
アクセス
【所在地】大阪府大阪市中央区上本町西4-1-21
【交通アクセス】Osaka Metro谷町線「谷町九丁目」駅7番出口より徒歩約5分、近鉄大阪線「大阪上本町」駅8番出口より徒歩約5分
参拝メモ
とても良いお天気に恵まれた日に訪れました。
誓願寺に井原西鶴のお墓があることを知り、驚きました。「好色一代男」で知られる江戸時代を代表する文学者のお墓が、こうして大阪の街中に残されていることに、歴史の重みを感じます。
井原西鶴の墓に手を合わせ、辞世の句が刻まれた句碑を眺め、山門横の武田麟太郎の文学碑に触れ、文学に触れた貴重な時間を過ごすことができました。巡礼の旅の中で、大阪の文学史を体感できる特別な札所です。
西光院から徒歩圏内にあり、上本町エリアの札所巡りとして効率よく回ることができます。文学に興味のある方には特におすすめの札所です。
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