- 投稿 2025/05/17
- 霊場巡礼一覧 - 大阪メトロで行く六十六花御朱印巡り - 大阪の神社 - 大阪市

出雲大社大阪分院(いづもおおやしろおおさかぶんいん)は、大阪市東住吉区山坂に鎮座しています。
昭和5年(1930年)11月9日、宗祠(出雲大社)より御分霊を大阪市北区西扇町11番地にお祀りし開院されました。
出雲大社といえば、太く大きな注連縄ですよね。
大阪分院にも、太く立派な注連縄がかけられていました。
それでは、出雲大社大阪分院へと参りましょう。
2025/05/17
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出雲大社大阪分院(いづもおおやしろおおさかぶんいん)は、大阪市東住吉区山坂に鎮座しています。
昭和5年(1930年)11月9日、宗祠(出雲大社)より御分霊を大阪市北区西扇町11番地にお祀りし開院されました。
出雲大社といえば、太く大きな注連縄ですよね。
大阪分院にも、太く立派な注連縄がかけられていました。
それでは、出雲大社大阪分院へと参りましょう。
國津神社(くにつじんじゃ)は、奈良県奈良市都祁白石町に鎮座しています。
御祭神は大国主命。
かつて、大和国北東部の古代国・闘鶏(つげ、現・奈良県奈良市旧都祁村)は、闘鶏氏が統治していて、闘鶏国造(つげのくにのみやつこ)が置かれていました。
闘鶏氏は神武天皇の皇子である神八井耳命(かむやいみみのみこと)の後裔だといわれています。
古代ツゲ国の中心地、つげ平野の東方・水湧庄の中央丘陵・字神子尻に大きな白い石があり、古代の信仰を集めていたと伝わります。
国つ神として崇敬せられ、社殿を建立、国津大明神と称せられました。
古代の信仰を集めていた白い石、そして、國津神社が鎮座する地名は白石。
國津神社のキーワードは白い石?
それでは、古代信仰の息吹を感じる國津神社へ参りましょう。
蟻通神社(ありとおしじんじゃ)は、大阪府泉佐野市長滝に鎮座しています。
かつては蟻通明神と呼ばれていました。
主祭神は大国主命(おおくにぬしのみこと)。
社伝によれば第9代の開化天皇の御宇勧請により、弥生時代中期の紀元93年に、五穀豊穣・国土開発を祈る目的で祀られたのが始まりと伝えられています。
1942年(昭和17年)に佐野陸軍飛行場を建設するため現在地への移転が始められ、1944年(昭和19年)8月に遷座されました。
その際規模は縮小されましたが、社殿・舞殿・門・灯籠などの建造物はほぼ元通りに配置され、神社内の殆どの建造物が国登録有形文化財に指定されています。
平安時代の歌人清少納言の随筆「枕草子」に、「蟻通の明神。貫之が馬のわづらひけるにこの明神のやませ給ふとて・・」と、蟻通明神が登場する段があります。
「枕草子」に記された蟻通明神と紀貫之との故事とは?
それでは、故事を紐解きながら蟻通明神へと参りましょう。
西葛城神社(にしかつらぎじんじゃ)は大阪府貝塚市木積に鎮座しています。
西葛城神社は、1910年に木積村にあった「深谷神社」に合祀され、「深谷神社」という名称も「西葛城神社」と改められました。
深谷神社は、西暦726年に創建された「木積観音寺」の鎮守として祀られていて、西暦1010年に再建の記録が残っています。
さらに、1917年(大正6年)には、かつて楠神社があった地(現在の場所)に遷座され、楠神社を相殿として祀るようになりました。
御祭神は、なんと!23柱もの神様!!
明治時代に旧西葛城村の全神社を合祀されましたで、たくさんの神様が鎮座しておられます。
こんなにたくさんの神様がおられるのだから、きっとあなたの願い事を担当して下さる神様がいるはず!笑
境内にある杉の木の空洞には、お地蔵さまが七体鎮座していて、秘かなパワースポットとなっているようです。
それでは、西葛城神社へと参りましょう。