まだ暑さの残る九月の終わり頃。

大阪市北区の街の一角にある鶴満寺(かくまんじ)を訪れました。

高層ビルや車の音が行き交う街の中で、ふと足を止めた鶴満寺には、時間の流れが少しだけゆるやかになるような、そんな静けさがありました。

歴史ある境内に足を踏み入れると、風の音も、光の揺らぎも、どこかやさしく感じられる空気が流れています。

鶴満寺の歴史は古く、奈良時代に大和国で創建されたと伝えられています。

それでは、鶴満寺へと参りましょう。

 

 

鶴満寺の歴史

 

鶴満寺のはじまりは、奈良時代に大和国で創建されたと伝えられています。

その後、伊勢国、河内国、摂津国南方村と、時代とともに寺は移転を重ね、江戸時代中期の寛保三年(1743年)、大阪の豪商・上田宗右衛門広久によって現在の地に譲り受けられました。

京都の上善寺から招かれた僧・忍鎧によって、宝暦三年(1753年)に堂宇が整えられ、今に続く祈りの場が築かれました。

ご本尊の阿弥陀如来は、府指定の有形文化財。

伝・慈覚大師(円仁)作とされ、その穏やかなまなざしは、訪れる人の心を静かに受けとめてくれます。

観音堂には、霊元法皇の後宮に仕えた新大納言お局が、皇子・勝の宮(嘉智宮)の安産祈願のために刻んだと伝えられる子安観音が祀られています。

こちらは新西国三十三所の第三番札所として、今も巡礼者の信仰を集めています。

春には桜の名所としても知られ、江戸時代の錦絵『浪花百景』や古典落語にも登場するほど、庶民の憩いの場でもありました。

その桜は、明治十八年の淀川の大洪水で枯れてしまいましたが、寺の静けさと祈りは今も変わらず、この地に息づいています。

 

 

境内の見どころ

 

「天神橋筋六丁目駅」から歩くこと5~10分程でしょうか。

静かな祈りの空間が見えてきました。

 

観音堂の屋根が見えたとき

街のざわめきの奥に、祈りの気配が現れる──観音堂の屋根が見えたとき

 

 

山門が閉じられていたので、お隣の「特養老人ホーム」の入り口から入らせて頂きました。

境内には人の気配も少なく、遠くから聞こえる車の音さえ、どこか遠い世界のもののように感じられました。

祈りの場に身を置くと、自分の呼吸が少しずつ深くなっていくのがわかります。

誰かの声も、鐘の音もないけれど、そこには確かに“祈りの気配”がありました。

 

鶴満寺の本堂。ご本尊は阿弥陀如来。

鶴満寺の本堂。ご本尊は阿弥陀如来。

 

 

境内には、鐘のない鐘楼があります。

現在、鶴満寺の高麗時代初期(1030年)の銅鐘は境内にはなく、大阪歴史博物館に寄託されているようです。

この銅鐘は、もともと山口県の普済寺にあったものが廃寺後に地中に埋もれ、江戸時代の堤防工事中に発見されました。

大阪の豪商・上田宗右衛門が鑑定し、鶴満寺に寄進されたと伝えられています。

 

鐘のない鐘楼。

鐘のない鐘楼。かつての祈りの音が、今も空気に残っているようでした。

 

 

百体観音

 

かつて鶴満寺には、西国・坂東・秩父の三十三所を模した百体の観音像が並び、一度の参拝で百ヶ所の霊場を巡ったのと同じご利益があると信仰を集めました。

明治十八年、淀川の大洪水によってその観音像は流され、境内の桜も枯れてしまったといいます。

それでも人々の祈りは絶えることなく、百体観音は再びこの地に安置されました。

堂内へは入ることはできませんが、ガラス越しに百体観音のお姿を見ることができます。

百の祈りが並ぶその空間は、目には見えなくとも、心の奥にそっと響くものがある──。

そんな気がして、私はしばらく観音堂の前で立ち止まっていました。

 

百体観音堂とも呼ばれる八角塔楼閣付きの堂。

百体観音堂とも呼ばれる八角塔楼閣付きの堂。

 

 

新西国三十三所の第三番札所。

新西国三十三所の第三番札所の観音堂。静かな巡礼の気配が漂っていました。

 

 

鶴満寺の観音堂

西国・坂東・秩父──百の祈りが、この場所に集う

 

 

なには江の 昔なからの 鶴満寺 今も変らぬ 法のみ光り

百体観音を祀る観音堂には、御詠歌が掲げられていました。

その言葉の奥に、数えきれない祈りの足音が響いてくるようでした。

 

祈りの場に添えられた御詠歌

祈りの場に添えられた御詠歌──声に出さずとも、響いてくるものがありました。

 

 

静けさの中でいただいた御朱印

 

観音堂の前でしばらく静かに佇んだあと、新西国三十三所の御朱印をいただきました。

第三番札所としての鶴満寺の御朱印には、子安観音さまのやさしい気配が宿っているようです。

墨の流れも、朱印のかたちも、どこか静かな祈りの余韻を感じさせてくれます。

御朱印帳にそっと記されたそのしるしは、ただの記録ではなく、この場所で過ごした時間と、心に残った静けさを、そっと閉じ込めてくれるような気がしました。

 

新西国三十三所・第三番札所 鶴満寺の御朱印。

新西国三十三所・第三番札所 鶴満寺の御朱印。散華も頂きました。

 

 

アクセス

 

【所在地】大阪府大阪市北区長柄東1丁目3-12

【札所等】新西国三十三箇所第3番

【駐車場】なし。近隣にコインパーキングあり。

【最寄り駅】・大阪メトロ堺筋線・谷町線「天神橋筋六丁目駅」より徒歩約5分・阪急千里線「天神橋筋六丁目駅」より徒歩約5分・JR大阪環状線「天満駅」より徒歩約13分

 

 

 

歩いたあとに残るもの──心に灯る余韻

 

街の中に、こんなにも静かな場所があること。

歴史の深さと、祈りの気配が、そっと寄り添ってくれること。

鶴満寺で過ごしたひとときは、私にとって、心の奥にそっと灯るような時間でした。

目に見えるものだけでなく、見えないものに耳を澄ませ、感じることの大切さをあらためて教えてもらえた気がします。

鶴満寺で過ごした静かな時間は、心の奥にそっと灯るような記憶になりました。

祈りの気配に耳を澄ませる──そんなひとときを、これからも大切にしていきたいと思います。

 

 

祈りの道を、そっと辿ってみませんか?

新西国三十三所の札所一覧と、静かな巡礼の記録をまとめています。