建水分神社(千早赤阪村)水分神社と親しまれる楠木氏の氏神さま【御朱印】

建水分神社(たけみくまりじんじゃ)は、大阪府南河内郡千早赤阪村大字水分(すいぶん)に鎮座されています。

通称、水分神社(すいぶんじんじゃ)として広く親しまれています。

また、上水分社(うえのすいぶんのやしろ)とも呼び、美具久留御魂神社(富田林市宮町)を下水分社と呼びます。

 

 

御祭神は、天御中主神・天水分神・国水分神・罔象女神・瀬織津媛神。

建水分神社は楠木氏の氏神でもあります。

それでは、建水分神社へと参りましょう。

 

 

 

ご由緒

 

創建は第10代・崇神天皇5年(西暦前92)で、この時勅して金剛葛城の山麓に水神として奉祀されました。
延喜元年(901)の「日本三大実録」には、叙位累進の記録があり、延長5年(927)の「延喜式-神名帳-」に記載のある式内社です。

古くから皇室の御崇敬は極めて篤く、第96代・御醍醐天皇は建武元年(1334)楠木正成公に勅して、山下の水越川の畔にあった社殿を現在の山上に遷し、本殿、拝殿、鐘楼等を再営させられ、延元2年(1337)神階正一位の極位を授けられました。霊峰金剛山の総鎮守で、古来、付近18ケ村の産土神であると共に、累代この地を本拠とした楠木氏の氏神でもあります。

 

 

 

境内

 

境内へ向かう参道途中に社務所があります。

御札やお守り、御朱印等はこちらで頂くことができます。

 

 

坂道の参道を登りきると、突然視界が開け、大きな鳥居が目に飛び込んできました。

 

鳥居も大きいんですけど、狛犬さまの大きさにもビックリです!!

 

狛犬は万延元年(1860)の建立で、像高は阿像133cm、左の吽像137cmもあります!!

大阪府内最大の狛犬(石造)は住吉大社のもので、阿像128cm、吽像138cmなのだそうですが、阿像はこちらの方が大きいし、吽像は1㎝程の差です。

大阪府内最大級と言ってもいいかも!!

 

 

扁額

延元五年(1340)、楠木正行公(正成公嫡子)奉納の木額の表面の文字(伝・後醍醐天皇宸筆)が摩滅した為、宝永二年(1705)、金銅製にて模造されました。

文字は時の前大納言・葉室(藤原)頼孝卿によるもの。

 

 

手水舎

コロナ禍でも、手水が使えるようになっていました。
有難いです。

 

 

では、大鳥居をくぐり、石段を登って参りましょう。

なんとも言えない雰囲気があり、ドキドキします。

 

振り返りますと、このような風景♪

 

 

石段を登りきると、すぐ拝殿です。

「あ~♪神様がいらっしゃるなぁ~♪」っとご神気を感じる、素晴らしい場所です。

 

拝殿からは本殿が見えません。

神様は拝殿より石段を登り、さらに高い所におられるようで、少し離れた場所から上を見上げると、かすかに本殿が見えます。

 

 

本殿は三殿から成り、中殿に一間社春日造、左右両殿に二間社流殿を配し、各殿を渡廊で連結するという全国でも他に例をみない様式で、明治3年に大阪府の神社建築として初めて特別保護建造物(国宝)に指定され、昭和25年には重要文化財の指定を受けました。

 

 

お隣には末社の金峯神社

御祭神:天照大御神

 

 

拝殿前の風景

 

おみくじはセルフ式です。

 

御札やお守りの授与品(見本)。

 

面白い縁起物を見つけました。

除災招福の縁起物で、楠木正成公の見事な奇策にまつわる藁人形の土鈴があるようです。

 

こちらは、「くすのきまさつらかるた」

楽しいですね。

拝殿前のスペースは狭いのですが、色々と見どころありで(笑)、時間も忘れて見入ってしまいました。

 

 

摂社 南木神社

 

御祭神は楠木正成公。

 

延元元年(1336)正成公が湊川で戦死されると、後醍醐天皇は翌2年(1337)、自ら正成公の尊像を刻まれ、境内に祀られたのが起源とされています。

楠木正成公を奉祭する日本最古の神社です。

そして後醍醐天皇の皇子、後村上天皇より「南木明神(なぎみょうじん)」の神号を賜りました。

「南木」とは「楠」を二つに分けたとも、『太平記』記述の正成公登場の後醍醐天皇の御夢によるものとも言われています。

 

由緒標

陸軍大将・荒木貞夫男爵の筆によるもの

 

南木神社の周辺では、シャクナゲが綺麗に咲いていました。

 

 

神輿庫

 

神輿庫の前の狛犬さまが、なんとも歴史を感じる素晴らしいお姿でした。

 

うぅ・・!!すごい!!

何年前からこちらにいらっしゃるのだろう。。。

 

 

縁起物

 

拝殿前で見て、ずっと気になっていた「藁人形土鈴」を頂きました♪

楠木正成公は、千早城に籠城し、鎌倉幕府大軍と戦っていた時のこと、様々な戦術を持って奮闘されましたが、そのひとつが藁人形を用いた奇策でした。

少数の城兵の身代りとして、藁人形に甲冑武具を着けさせ大軍をあざむき、その猛攻に対抗したと「太平記」に記述があります。

また、消耗した矢を補充するのに、藁人形に寄手に矢をわざと射かけさせ。それを集め「災い転じて福と為す」が如く、味方の矢に変え射返したとも伝えられています。

 

藁人形土鈴は、昭和10年の大楠公600年祭の記念に授与されたものの復刻版で、当時のものより一回り大きいそうです(復刻版の高さは約7.5㎝)

 

胸には菊水紋、後ろには建水分神社の名が入っています。

 

 

御朱印

 

 

 

動画

 

(2021年4月撮影)

 

 

アクセス

 

【所在地】大阪府南河内郡千早赤阪村大字水分357番地
【電話】0721-72-0534
【駐車場】参拝者無料駐車場あり。社務所前と参道を登った所にあります。
【交通アクセス】近鉄長野線 富田林駅下車、金剛バス 水分停留所下車徒歩1分、又は水分神社口停留所下車スグ。

建水分神社公式サイト

 

 

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