世尊寺(奈良) 飛鳥時代の礎石が残る聖徳太子ゆかりの古刹【御朱印】

世尊寺(せそんじ)は、奈良県吉野郡大淀町比曽にある曹洞宗のお寺です。

山号は霊鷲山。

ご本尊は阿弥陀如来(放光樟像)。

31代用明天皇2年(687)勅願によって、聖徳太子が建立されたと伝えられています。

古くは「比曽寺(ひそでら)」と呼ばれ、吉野地方で大変栄えた寺院の一つでした。

古代最大の内乱とされる「壬申の乱」では、大海人皇子(後の天武天皇)が入寺、平安時代には56代清和天皇、59代宇多上皇が行幸され、空海も参詣されたことが古文書に残されています。

境内には飛鳥時代に建立された東塔跡、西塔跡、金堂跡、講堂跡の礎石が現存していて、歴史を感じる事ができます。

それでは、世尊寺へと参りましょう。

 

 

 

境内

 

 

山門

 

山門には雲門即道禅師の筆による扁額

日国、最初、法屈と書いてあります。

 

扁額の上に何かが挟まれているのを発見!

 

頑張って山門を支えているように見えます。

これは、左甚五郎作の猿なのだとか!

山門を守っている猿なのかな?

左甚五郎といえば、江戸時代初期の名工として有名で、お寺を巡っているとよくお見かけする名前です。

 

 

 

 

世尊寺(比曽寺跡)配置図をご紹介

世尊寺は時代の変遷と共に、寺号も変わって行きます。

比曽寺→吉野寺→現光寺→栗天奉寺→世尊寺と変わり、現在は「比曽寺跡」として、国の史跡に指定されています。

 

 

鎮守社の天照大神社(ご祭神:天照大神)

 

本殿

 

 

東塔跡

 

寺伝によると、聖徳太子が御父31代用明天皇のために建立され、その後、鎌倉時代に移築されたことが礎石の一部によって知ることができます。

 

やがて文禄3年(1597年)豊臣秀吉によって伏見城に移されました。さらに、4年後、慶長6年(1601年)徳川家康によって大津の三井寺に移築され。現在、国の重要文化財として残っています。

 

 

 

こちらは西塔跡

推古天皇が亡き夫・敏達天皇の供養のために建立された三重塔。
現在は、13個の礎石を残すのみとなっています。

 

 

一字一石の碑(・・だと思う)

清浄なる川石を選び、法華経文を石に謹写して埋められています。

 

 

中門の扁額には山号霊鷲山

 

かわいい僧侶さんが迎えて下さいました(笑)

 

 

中門をくぐると、正面に見える本堂

 

 

御本尊は阿弥陀如来坐像(放光樟像)

残念ながら本堂を拝観する事ができなかったのですが、外から阿弥陀如来さまのお顔を拝する事ができました。

面長でほほえむやさしい表情がとっても素敵で、一目見てファンになってしまいました。

「吉野路の微笑佛」と呼ばれいているそうです。

 

 

本堂前から見る中門と廻廊

 

 

鐘楼

 

 

境内に、かわいい「まゆみ」の実が生っていました。

 

 

太子堂

太子堂は、用明天皇2年(587)に聖徳太子が創建。県指定有形文化財(建造物)に指定されています。

 

 

太子堂横には「羅漢の石像」

 

 

本堂裏へと行ってみましょう♪

 

 

訪れたのは11月下旬、紅葉がとても綺麗です。

 

 

十三重の石塔

 

 

不老長寿の桜

聖徳太子のお手植えだとされる壇上桜。

 

 

芭蕉の句碑

芭蕉は貞享5年(1688)、春4月、弟子の杜国を伴って当寺に参詣し、折しも咲き匂う太子お手植えの壇上桜を眺めて詠んだ句です。

『世にさかる 花にも念佛 まうしけり』

 

 

本堂の裏で、満開の山茶花が咲いていました。

落ちた花びらで周辺がピンク色に染まって、とても趣があります。

 

 

 

庫裏

残念ながら訪れた日はお留守のようで、本堂拝観叶わず、、(´;ω;`)ウッ…。

御朱印はこちらで頂くことができます。

また、再訪したいと思います。

 

 

帰りもかわいい僧侶さんがお見送りして下さいました(笑))

 

 

アクセス

 
【所在地】奈良県吉野郡大淀町比曽762
【札所等】聖徳太子霊跡第7番
【拝観料】入山料100円、堂内拝観料400円(入山料含む)。
【駐車場】無料駐車場あり。
【交通アクセス】近鉄吉野線六田駅より奈良交通バス「比曽口」下車、徒歩約20分。

世尊寺公式サイト

 

 

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