壺井八幡宮 河内源氏発祥の地【御朱印】

壺井八幡宮(つぼいはちまんぐう)は、大阪府羽曳野市に鎮座されています。

主祭神:誉田別尊(応神天皇)・仲哀天皇・神功皇后
配祀:玉織姫・武内宿禰

この辺りは壺井の香呂峰(こうろほう)といわれ、鎌倉幕府を開いた源頼朝の先祖にあたる源頼信・頼義・義家の三代にわたってこの地に居住していたことから、河内源氏発祥の地として知られています。

 

鳥居

 

 

 

境内

 

手水舎

 

壺井八幡宮

平安時代中期の寛仁4年(1020年)、源頼信が河内守(かわちのかみ)に任官してこの地に私邸を営み、康平7年(1064年)に前九年の役を平定した頼義(頼信の子)が石清水八幡宮の神を私邸の東側に勧請したのが壷井八幡宮の起源とされています。

 

壺井権現社

壺井権現社は、源義時が河内源氏の祖伸として、天仁2年(1109年)頼信・頼義・義家の霊をお祀りしたことに始まります。

そのため、三社権現(さんしゃごんげん)とも呼ばれています。

壺井八幡宮・壺井権現社は、戦国時代末までたびたび兵火にかかり、八幡宮の一部を残し焼失しました。両社とも元禄14年(1701年)に徳川綱吉の命で柳沢吉保が再建したものです。

 

源義家公 歌碑

 

吹く風を なこその関と 思えども 道もせにちる 山桜かな

(意味)
戦よ、もう起こってくれるな。桜の花が散るように、人の命も散るではないか

 

樹齢千年の楠木

 

清泉「壺井水」

平安時代、前九年の役(1051~1063年)の時、源頼義の軍が飲料水に苦しんだ折、弓の先で岩をつき崩して得た冷泉により、将士の意気があがったと伝えられています。

平定完了して凱旋する際、この冷泉の水を壺に入れて持ち帰り、本拠地の香呂峰の南麓に井戸を掘り、そこに壺を入れ苦戦の記念としたもので、これが「壺井」の地名の起源となったと伝えられています。

義家が弓の先で岩をつき崩して掘って湧き出た清水は、「弓弭(ゆはず)の泉」として人々からあがめられ、今も涸れることなく御堂観音の地(岩手県)に静かに湧き出で、北上川の源として悠久の北上の流れとなっているそうです。

 

源義家といえば、NHK大河ドラマ「炎立つ」で佐藤浩市さんが、その父親の源頼義を佐藤慶さんが演じられていたのを思い出しました。

あの時代背景を思い、源氏の一族がこの地に住んでおられたのかと思うと、感慨深いものがあります。

 


2017.12.7に再訪しましたら、楠木の前が整備されていました。樹齢千年と言われている楠木がよく見えます。

 

壺井八幡宮御朱印

 

【所在地】大阪府羽曳野市壺井605
【御朱印】あり
【駐車場】あり

壺井八幡宮 公式サイト