廣瀬大社(奈良) 水の神を祀る官幣大社【御朱印】

廣瀬大社(ひろせたいしゃ)は奈良県北葛城郡河合町に鎮座されています。

鎮座されている地が、佐保川、初瀬川、飛鳥川、曽我川、葛城川、高田川など大和盆地を流れる全ての川が合流する場所であることから、主祭神は水の守り神とされています。

社格は、延喜式神名帳記載(式内社)名神大社。
明治四年(1872年)五月十四日、官幣大社となりました。

長い参道が神々を感じられる雰囲気で、とても素敵でした。

では、廣瀬大社の歴史と共に、ご案内しましょう。

 

社伝によりますと崇神天皇9年、広瀬の河合の里長の廣瀬臣藤時に託宣があり、水足池(みずたるのいけ)と呼ばれる沼地が一夜で陸地に変化し、タチバナが数多く生えたことが天皇に伝わり、その地に大御膳神として社殿を建てて祀ったのに始まるとしています。

廣瀬大社の社紋である『橘』は、この社伝に由来しています。

 

 

境内

 

一の鳥居

 

ご由緒

 

一の鳥居すぐ横にある駐車場に車をとめて、長い参道を歩きます。

 

まるで森の中を歩いているような参道です。
静寂の中、鳥たちの声だけが聞こえてきます。

 

 

参道沿いに摂末社が鎮座されていました。
本殿にご挨拶に行く前に、まず、こちらの祓戸社で穢れを清めて頂きました。

 

祓戸社

【御祭神】
瀬織津姫神・気吹戸主神・速開津姫神・速佐須良姫神

祓戸社で身心を祓い清めて頂き、本殿に向かいます。

 

 

 

 

二の鳥居

二の鳥居は両部鳥居(りょうぶとりい)。

 

扁額

扁額は、文化四年(1807)、大和太守源朝臣保光(郡山城主)の揮毫によるものです。

 

手水舎

 

境内

 

境内はとても広く、清々しい感じで気持ちが良いです。

廣瀬大社では、毎年2月11日に砂を雨に見立ててかけ合い、五穀豊穣を祈る例祭(御田植祭)があります。

こちらの広い境内を田んぼに見立てて田植えの所作をし、それに対して参詣者と田人・牛に扮した人々が一斉に砂をかけ合うというもので、「砂かけ祭」とも呼ばれています。

砂が服や目に入らないよう、レインコートを着てゴーグルをして砂をかけあう、とても楽しいお祭りのようです。

 

拝殿

 

【御祭神】

主祭神:若宇加能売命(わかうかのめのみこと)

※同神とされる神

・豊宇気比売大神(とようけひめのかみ 伊勢神宮外宮)

・宇加之御魂神 (うかのみたまのかみ 伏見稲荷大社)

・屋船豊受姫神 (やふねとようけひめのかみ 家屋守護の神)

・大物忌神   (おおものいみのかみ 鳥海山に宿る神)

相殿:櫛玉命(くしたまのみこと)社伝では饒速日命(にぎはやひのみこと)

穂雷命(ほのいかづちのみこと)

五穀豊穣・水難鎮護・産業興隆・河川交通安全・安産・除災招福等、多方面にわたる御利益があります。

 

 

 

本殿

 

神馬舎

 

 

参道に鎮座されている摂末社

日吉社

【御祭神】 大己貴神・大山咋神
昭和18年に日吉の神を勧請。
方除け・縁結びに霊験あらたかな神として信仰されています。

 

祖霊社

 

大きなお百度石がありました。

 

稲荷社

【御祭神】稲倉魂神(うかのみたまのかみ)
文化二年(1805)、山城国伏見稲荷神社より分霊鎮座されました。
俗に日の丸社と呼び、霊験あらたかな神として篤く信仰されています。

 

日露戦争戦利品大砲

日露戦争の戦勝を記念して、陸軍から奉納された大砲です。
長い間、拝殿東側に展示されていましたが、木々が茂り見づらくなったので、移動されました。(二の鳥居手前に展示されています。)

 

太鼓橋

 

太鼓橋(ひろせはし)の下を流れる不毛田川(ふけたがわ)

 

ひろせはしから空を見上げると、なんともステキな雲が。
まるで、鳳凰が空を舞っているようでした。

 

自宅へ帰って廣瀬大社について調べてみますと、この太古橋を渡った所に「摂社水分社」があるようでした。
リサーチ不足で行けなかったのが残念ですが、次回参拝した時のお楽しみということで。

饒速日命を祖神とする物部氏の末裔である社家の樋口氏。
こちらの邸宅内には饒速日命を祀る饒速日命社があるそうです。

 

 

参拝動画

 


(2024・10月撮影)

記事内容と動画撮影日は異なります。
「摂社水分社」へも訪れました♪

 

 

御朱印

 

 

 

アクセス

 

【所在地】奈良県北葛城郡河合町大字川合99
【御朱印】あり
【駐車場】無料駐車場あり

廣瀬大社公式サイト

 

 

 

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