和歌浦天満宮 和歌浦湾を望む石段が美しすぎる天満宮【御朱印】

和歌浦天満宮(わかうらてんまんぐう)は、和歌山県和歌山市和歌浦にある神社です。

学問の神様である菅原道真公が祀られ、毎年多くの受験生が訪れています。

和歌浦湾を一望できる天神山の中腹にあり、大宰府天満宮、北野天満宮とともに日本の三菅廟といわれています。

それでは、和歌浦天満宮へと参りましょう。

紀州東照宮からスグの所に和歌浦天満宮はありました。

 

 

扁額

 

うわぁぁぁ~!!
すごい石段が待ち構えています!!

石段の凄さにビックリしたけど、なんかめちゃ素敵な雰囲気♪

 

楼門は一間楼門として最大規模なんだとか。

石段の上で鳳凰が翼を広げて待ってくれてるように見えませんか?(笑)

紀州東照宮で108段の石段を上り、ココでも石段を上り・・・。

この日は、かなり石段を上ってます(笑)

上るの大変なんですが、なんて美しい石段なんでしょう♪
めちゃ趣があっていい感じです。

 

えっちら♪おっちら♪と石段を上がってきて、見えたのがこちらの景色。

和歌浦湾が一望です。

いいとこだなぁ。

 

拝殿

 

御祭神:菅原道真公

社伝によりますと、菅原道真公は延喜元年(901年)に大宰府に赴く途中、風波を避けてこの和歌浦に立ち寄られました。

その時、神社が鎮座する天神山から和歌の浦を望み、2首の歌を詠まれました。

 

「老いを積む身は浮き船に誘われて遠ざかり行く和歌の浦波」
「見ざりつるいにしえまでも悔しきは和歌吹上の浦の曙」

 

その後、康保年間(964 – 968年)に文章博士橘直幹公(たちばなのなおもと)が和歌浦を訪れ、道真公を追慕して御御魂を勧請したのが始まりと伝えられています。

 

手水舎

 

社殿は、豊臣秀吉の天正13年(1585年)の兵火の後、桑山重晴、浅野幸長により再建されました。

浅野幸長は、慶長9年(1604年)〜同11年(1606年)にかけて天神山の中腹を開墾して社地を造成し、本殿、唐門、拝殿、楼門、東西廻廊などを再建。

本殿奥や楼門前面の石垣もこの時造られたもので、再建された本殿、楼門など4棟が重要文化財に指定されています。

 

本殿

本殿は桁行五間・梁間二間の入母屋造で、装飾性の豊かな桃山建築。

 

末社

こちらの末社がすっごく静かでいい雰囲気でした。

左から多賀神社(重文)・天照皇太神宮、豊受太神宮(重文)・白山比咩神社。

 

筆塚

 

撤下米を頂きました。

 

和歌浦天満宮 御朱印

なんとも素敵な御朱印です。

奉拝の下に押された「大日本三菅廟」の印がまたいいです♪

 

帰り道は緩やかな石段があったのでそちらから下りてきました。

 

横から見ると、すんごい迫力ある石段です(;’∀’)

 

【所在地】和歌山県和歌山市和歌浦西2-1-24
【御朱印】あり。
【駐車場】あり。
【アクセス】南海本線和歌山市駅またはJR和歌山駅から和歌山バス「雑賀崎」循環または「新和歌浦」行きで25分、「権現前」下車、徒歩5分。

 

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