関西の寺社めぐり

科長神社(太子町) 風の神様を祀る神社と小野妹子の墓【御朱印】

科長神社(しながじんじゃ)は、大阪府南河内郡太子町に鎮座されています。

【主祭神】級長津彦命(しなつひこのみこと)・級長津姫命(しなつひめのみこと)

記紀ともに、風の神であるとされている神様で、航海安全の神、また、「風」と同音・同根である「風邪」を治す神ともされています。

配祀として、素盞嗚命・品陀別命・建御名方命・武甕槌命・経津主命・天児屋根命・天照大神の神々を祀り、江戸以降の俗称として八社大明神と称していました。

 

科長神社

 

 

科長神社は、緑が多くとても気持ちの良い場所にありました。

 

 

 

 

手水舎

 

 

扁額

扁額には「八社大明神」の文字
元録十四年(1701)葉室正二位権大納言藤原頼孝の筆。

 

 

拝殿

 

御由緒によりますと、創建の時期は不詳ですが、級長津彦命を二上山上に祀り、二上権現と称していましたが、四条天皇の暦仁元年(1283)に現地に遷座したとあります。

元は、二上山上に鎮座されていたようです。

 

 

本殿

拝殿から横に回りこむと、ご本殿が見えました。

 

そして、拝殿横には、金比羅社がひっそりと鎮座されていました。

 

 

 

この地は、神功皇后誕生の地という伝承があり、科長神社の社宝には、神功皇后が三韓征伐の時に、鍛冶職に命じて自らの兜の雛形として製作させた「神功皇后雛形兜」があります。

『式内社調査報告』では「科長→磯長→息長と転じ、息長氏の出である神功皇后の誕生地伝説が生まれたのではないか」と記されています。

神功皇后雛形兜は、竹内街道歴史資料館に展示されている(レプリカ)のを見ることができました。

 

 

金平大明神

 

 

科長神社では、夏に「だんじり祭り」があり、大変珍しい船形地車(ふながただんじり)を見ることができます。

 

 

御朱印

 


こちらの御朱印、扁額にあった藤原頼孝の筆と同じです。

 

 

小野妹子の墳墓

 

科長神社南側の小高い丘の上に、古くから小野妹子の墓と伝えられる小さな塚があります。

小野妹子は、推古天皇の時代に遣隋使として隋(中国)へ派遣された人物です。

 

この石段を登って行ってみましょう。

 

 

 

歴史を感じる太子町史跡案内の看板

太子町は飛鳥時代の敏達、用明、推古、孝徳の各天皇陵や聖徳太子の墓もあり、梅鉢御陵と呼ばれているようです。

 

 

石段途中を左手に行くと、「水琴窟」がありました。

 

 

石段を登りきると、小野妹子のお墓に到着です。

小野妹子の墓と伝わる塚の大きさは、高さ3m、東西15m、南北11mの楕円状。

 

周囲は明るくて見晴らしも良く、「とてもいい場所で眠っておられるのだなぁ~」っという印象です。

 

 

小野妹子は華道の池坊の始祖とされ、墳墓と伝わる小さな塚は、池坊によって管理されています。

 

 

動画

 

(2021年5月撮影)

 

 

アクセス

 

【所在地】大阪府南河内郡太子町大字山田3751
【御朱印】あり
【駐車場】なし
【交通アクセス】近鉄長野線「喜志駅」より金剛バスに乗り換え「御陵前」または「山田」下車 徒歩15分。

 

※2021年5月追記。

 

 

 

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