関西の寺社めぐり

久米寺(奈良) 久米仙人伝説で有名なあじさい寺【御朱印】

久米寺(くめでら)は、奈良県橿原市久米町にある真言宗御室派の寺院で、山号は霊禅山。

ご本尊は薬師如来坐像。

久米寺は久米仙人(くめせんにん)伝説のお寺として知られていますが、もともとこの地は、久米部(くめべ)の武人の住んだ地といわれ、推古天皇2年の時に、聖徳太子の弟である来目皇子(くめのおうじ)が創建されたと伝えられている古寺です。

それでは久米寺へと参りましょう。

 

境内

 

山門

 

山号は霊禅山

 

山門を入ってスグに古い塔の礎石がありました。

弘法大使空海はこの寺の塔において真言宗の根本経典の1つである『大日経』を感得したと伝えられています。

 

手水舎

こちらの手水舎、なんとも変わっていますね。

 

本堂

こちら久米寺には、久米仙人による久米寺開基伝承というお話が伝えられています。

久米仙人による久米寺開基伝承は、『扶桑略記』『七大寺巡礼私記』などのほか、『今昔物語集』巻十二本朝仏法部にも収録され、『徒然草』にも言及されている著名なお話です。

 

 

久米仙人伝説

 

ではここで、久米仙人伝説について、簡単にですがご紹介したいと思います。

 

久米仙人は、欽明天皇の御代、葛城の里に生まれたとされています。

吉野の龍門寺で、神通飛行術を取得し、空中を自由に飛べるようになりました。

ある日、空中を飛びまわっていた仙人は、川で美しい女性を発見します。

そして・・その女性の白いふくらはぎに見惚れて、神通力を失い墜落してしまいます。

久米仙人はその女性とめでたく結婚して、その後は普通の俗人として暮らします。

 

(久米仙人像:2020年11月撮影)

 

俗人に戻った久米仙人は、聖武天皇が東大寺に大仏殿を建立する際、工事に携わる労働者として雇われ、材木を運んだりして働きます。

ある日、仕事仲間から・・・

「お前も仙人なら、仙術を使って材木など一気に運んでしまったらどうだ!」

・・・とからかわれ、一念発起!

久米仙人は7日7晩祈り続けた後、仙力を回復します。

大木大石の数々を、三日三夜の間に大仏殿境内まで飛ばして、集めて見せました。

その甲斐あって、大仏殿の建立は速やかに成就したと伝えられています。

久米仙人の働きに深く感銘した聖武天皇は、免田(国が規定の課税を徴収するのを免除する田地)30町歩を与えました。

その免田に建てられたのが久米寺である・・という伝説です。

 

久米寺は「大和七福八宝めぐり」の一つに数えられていて、長寿延命の福宝を授けて下さいます。

七福神の長寿延命と言えば寿老神ですが、ここ久米寺では久米仙人を想像してしまいそうです。

 

本堂の上になまずの額がありました。

ここ久米寺は古代氏族、久米氏の氏寺であるそうで、その久米氏族がトーテムにしていたのが鯰なのだそうです。

久米氏の先祖である大久米命(おおくめのみこと)は、神武天皇の東征において、大伴氏の先祖道臣命(みちおみのみこと)と共に従軍し、大和の平定を成功に導くという働きをされた方で、その功績により神武天皇から与えられたのが久米の地なのだそうです。

また、『古事記』によると、大久米命は結婚前の神武天皇皇后(比売多多良伊須気余理比売)に歌で呼びかけ、神武天皇との仲をとりもった方だと言われています。

 

観音堂

 

大師堂

 

大日如来像

 

畝傍山不動

こちらの不動堂の裏には、不動明王さまがいらっしゃいました。

 

多宝塔(重要文化財)

多宝塔は、万治2年(1659年)京都・仁和寺より移築されたもので、桃山様式を残しています。

 

 

あじさい園

 

久米寺はあじさい寺とも呼ばれていて、あじさいがとてもきれいです。

こちらのアジサイ園では、40~50種、3000~4000株のあじさいが咲くそうです。

 

 

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アジサイ園の入場料は400円。
あじさいタオルハンカチを頂きました。

 

 

動画

 

2020年11月に再訪し、境内の風景を撮影してきました。

 

 

御朱印

 

久米寺御朱印

 

 

アクセス

 

【所在地】〒634-0063奈良県橿原市久米町502
【御朱印】あり
【駐車場】あり
【拝観料】境内自由。あじさい園の入場料は400円。

久米寺 - 橿原市公式ホームページ

 

 

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